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東京家庭裁判所 昭和43年(家)9402号 審判 1968年11月28日

国籍 フィリピン 住所 東京都北区

申立人 アサコ・O・デナール(仮名)

主文

錯誤につき

本籍北海道○○市○○一一五番地筆頭者小田為三郎の改製原戸籍中長女マサ子の身分事項欄中、国籍喪失届出事項の全部を消除して、同人の戸籍を回復することを許可する。

理由

一、申立人は主文同旨の審判を求め、その申立の実情として述べるところの要旨は次のとおりである。申立人は昭和一五年二月二五日フィリピン人である申立外オーレイ・デナールと結婚し、同年五月二九日その婚姻届出を了して現在フィリピン人として外国人登録がなされているものである。申立人の夫はプロボクサーとして、日本およびフィリピンに於て活躍していたのであるが、昭和二二年頃から申立人夫婦は別居状態に至り、たまたま昭和三〇年頃夫はフィリピンから選手を日本に招致する目的で本国に帰国したまま、消息を絶ち、その後は全く音信がなく行方不明になつているものである。

申立人は結婚以来日本に居住して、一度もフィリピンに渡つたことがなく、またフィリピン語も話せず、その地に親族、知人もいないところから、現在に至るまで、夫の所在について調査が不能のまま約一二年を経過してしまつたものである。

よつて申立人は日本に帰化申請をなす前提として在日フィリピン大使館に赴き、国籍証明の申請をなしたところ、申立人はフィリピン国籍を取得するに足る法律的要件を欠いているので、フィリピン国籍を有しない旨の回答を得たことにより、申立人は頭初より日本国籍を有しておるものであつて、主文掲載の戸籍届出は錯誤というべきであるので、戸籍訂正を求めるというのである。

二、よつて審理すると、本件記録中の戸籍謄本によると、申立人は当時日本に居住したフィリピン国籍を有するオーレイ・デナールと昭和一五年(一九四〇年)五月二九日、日本において、東京都日本橋区長宛婚姻届出により、婚姻したこと、申立人は一度もフィリピンに渡行したこともなく、フィリピン語、スペイン語、英語も話せないことが認められる。

申立人が夫と結婚した当時の旧国籍法第一八条によると、「日本人が外国人の妻となり夫の国籍を取得したるときは日本の国籍を失う」と規定されているので、申立人がフィリピン国籍を有する夫との結婚によりフィリピン国籍を取得していないかぎりは日本国籍を失なつていないことになる筋合である。

昭和三九年九月二二日民事(五)発第三〇二号法務省民事局第五課長回答に関し参考資料とされた外務省在外公館調査報告書並びに在日フィリピン大使館作成の証明書によると、一九三九年六月一七日成立したフィリピン改正帰化法(Commonwelth act No. 473)により、一九三九年六月一七日以前または以後にフィリピン人と結婚したか、する日本人女は、同帰化法第四条に規定する不適格要件に該当しないかぎり、結婚により自動的に比国籍を取得するものとされていた。ところが一九五九年フィリピン最高裁判所の判決において、外国人女はフィリピン男との婚姻により自動的に比国籍を取得するものではなく、改正帰化法第二条所定の資格条件(フィリピンに居住し、フィリピン語、英語、スペイン語のうち一を話し、かつ書くことができる者)を具備し、かつ第四条の不適格要件に詳当しないことを立証する必要があると判示され、右の立証はフィリピンの第一審裁判所において所定の立証をし決定を求めるのが適当と解釈されていることが認められる。

然るときは、以上の事実によると申立人は、右フィリピン改正帰化法の資格要件を充足せず、しかし、右法に基づく手続を踏んでいるものとは認められないので、フィリピン人の夫との結婚によりフィリピン国籍を取得したものとは解し得ない。したがつて、申立人は日本国籍を保有するものと認められるから、申立人が上記結婚により日本国籍を喪失した旨の戸籍の記載は錯誤による記載と認められ、申立人の本件申立は相当と判断される。

よつて、申立人の本件申立を認容し、申立人の戸籍中、国籍喪失を前提とする除籍を回復し、かつ国籍喪失の記載を消除し、主文のとおり審判する。

(家事審判官 野田愛子)

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